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バスケットと旅 バスケットグレートジャーニー

  • 執筆者の写真: halenohibasket
    halenohibasket
  • 4月5日
  • 読了時間: 3分
5インチマーサローレンス
5インチマーサローレンス

人類が最初に出会った「バスケット」は、自ら編んだものではなかったのかもしれません。

R. J. Forbes著『技術の歴史』によれば、鳥の巣が原型だったのではないかといわれています。鳥が子育てのために編み上げる「巣」を手に取っ理、その構造を真似ることで、人類はバスケットを作り始めたのではないか考えられています。

 

人類は約20万年前にアフリカで誕生し、約7万年前ごろから世界へと広がる移動を本格化させました。この壮大な移動は、「グレートジャーニー」と呼ばれています。アフリカのサバンナから乾いた大地、森、川、そして海へ。人々の移動において、バスケットは欠かせない存在になっていたのでしょう。その土地に応じて草、蔓、木の皮といった素材を手に取り、用途に応じて編み方を工夫しながら移動していく。さらに旅の中で出会う人々との交流や交易を通じて、新たな技術や形が生まれていった。バスケットは、人類の移動とともに世界を旅しながら、編み継がれてきたのではないでしょうか。

 

人類はやがて日本にも達します。日本には約5900年前から4200年前にかけて栄えた縄文の大集落、三内丸山遺跡が青森県にあります。旅行でその地を訪れた際、ひとつの小さなポシェットに目が留まりました。木の皮で編まれたその中には、くるみの破片が残されていました。それは縄文の人々の日常の中で使われていたものです。驚いたのは、その合理性と美しさでした。軽やかに持ち運べる構造、素材をそのまま活かした造形。その姿は、現代のバスケットと本質的に変わらないように私には感じられたのです。

 

そして、人類はやがてベーリング海を超えてアメリカ大陸に到達します。アメリカの東海岸の小さな島、ナンタケット島。ネイティブアメリカンによる編みの技術が発達します。その後、17世紀に入植してきたイギリス人により捕鯨の基地として栄えるようになりました。ネイティブアメリカンの技術と、鯨油のための樽の製造技術が出会い、ひとつの完成形へと昇華しました。それがナンタケットバスケットです。

 

世界には、その土地土地に根差したさまざまなバスケットが存在します。それは生活に欠かせない道具であると同時に、人々の美意識を映す存在でもあります。縄文の時代においても、バスケットは単なる実用品にとどまらず、装いの一部として用いられていたのでしょう。

 

私は三内丸山遺跡でみた小さなポシェットと、私の手元にあるマーサ・ローレンス型のナンタケットバスケットとを、同じように「美しい」と感じました。約5000年という時間を隔てても、人が「美しい」と感じるかたちは変わらないようです。流行ではなく、人の営みに根ざした「かたち」だからなのでしょう。

 

今、私たちの手元にあるバスケットもまた、その長い旅の途中にあります。ハレノヒバスケットは、この長い旅の先の未来に、美しさを手渡す存在でありたいと考えています。

 

 

 

 

記事引用:


技術の歴史(R. J. Forbes)

 

三内丸山遺跡 展示資料

 

Nantucket Historical Association

A Short History of Nantucket Baskets

 
 

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